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軍事郵便 日露戦争(明治37,38年)出征軍人か名古屋の知人へ宛てた便り (W-1) ロシアは最後の希望であったバルチック艦隊が日本海海戦に負け、さらに国内では血の日曜日事件が起きたことによってもう戦争することはできなくなってしまいました。 対する日本も戦争には連戦連勝しているものの、この時18億(日本の国家予算30年分)という莫大な費用をつぎ込んでおりもはや戦争を継続することは不可能でした。 これを見たアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領は講和を仲介。アメリカのポーツマスで講和条約が結ばれました。
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軍事郵便 日露戦争(明治37,38年)出征軍人か名古屋の知人へ宛てた便り (W-1) ロシアは最後の希望であったバルチック艦隊が日本海海戦に負け、さらに国内では血の日曜日事件が起きたことによってもう戦争することはできなくなってしまいました。 対する日本も戦争には連戦連勝しているものの、この時18億(日本の国家予算30年分)という莫大な費用をつぎ込んでおりもはや戦争を継続することは不可能でした。 これを見たアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領は講和を仲介。アメリカのポーツマスで講和条約が結ばれました。
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